
詩は、遠い戦禍を思う
若尾儀武、第三詩集。
装幀=稲川方人
この子の手
きっと立派な
ウクライナの手になるよ
誰かこの子の手をくるんで
連れて行ってやって
くれないか
著者プロフィール
若尾儀武(わかお・よしたけ)
1946年、奈良県大和郡山市の農村部に生まれる。
静岡県大学人文学部卒。
詩集
『流れもせんで、在るだけの川』(ふらんす堂、2014年、第24回丸山豊記念現代詩賞受賞)
『枇杷の葉風土記』(書肆子午線、2018年)
詩は、遠い戦禍を思う
若尾儀武、第三詩集。
装幀=稲川方人
この子の手
きっと立派な
ウクライナの手になるよ
誰かこの子の手をくるんで
連れて行ってやって
くれないか
著者プロフィール
若尾儀武(わかお・よしたけ)
1946年、奈良県大和郡山市の農村部に生まれる。
静岡県大学人文学部卒。
詩集
『流れもせんで、在るだけの川』(ふらんす堂、2014年、第24回丸山豊記念現代詩賞受賞)
『枇杷の葉風土記』(書肆子午線、2018年)
第31回丸山薫賞受賞
美しいと思った日々が/絵画のような遠くを散っている
(「草深百合」より)
思い出というものではない、遠い風景の中の懐かしい微笑みやさびしさ。
少女が乗るブランコのこすれる正確な音によって伝えられる生きる生活。
清澄な叙情を伝える25篇の詩。
女の子は
小学校の七夕の短冊に
にこにこ笑っている女の子を描いて
横に大きく
わたしがやさしくなるように
と書いていた
一年生だった
枇杷色の服ならオーバーコートがそうだった
(「絵のなか」より)
著者プロフィール
伊藤悠子(いとう・ゆうこ)
詩集
『道を 小道を』(ふらんす堂、二〇〇七年)
『ろうそく町』(思潮社、二〇一一年、第44回横浜詩人会賞)
『まだ空はじゅうぶん明るいのに』(思潮社、二〇一六年、第34回現代詩花椿賞)
『傘の眠り』(思潮社、二〇一九年)
エッセイ集
『風もかなひぬ』(思潮社、二〇一六年)
若苗色の実が熟して
微かに揺れもしなくなったころ
とっくの昔に終わった人の後を追う
わたしの先端にしがみついた水滴は
裂けてこぼれる時に声となる
(「藤の夜」より)
第一詩集から五年半、風の吹くままに詩作の時を過ごす中で綴られた19篇の詩。
松田ゆか、第二詩集。
カバー絵=小池さよみ/装幀=松田瑞奈子
著者プロフィール
松田ゆか(まつだ・ゆか)
1968年、東京都生まれ。
詩集『二十年目の花火』(北溟社、2017年)。
日本詩人クラブ会員、埼玉詩人会会員。
不安な時代の一隅に生きるヨンとイサオ
ふたりの日々を行き交う思いのかたちに詩の言葉が寄り添う
韓国語で「井戸の中の蛙」を意味する「ウムル アネ ケグリ」。
韓国からやってきたヨンとの暮らしと思いを描いた第一詩集『ヨンとふたりで』に続く第二詩集。
造本・装幀=稲川方人/装画=池英姫(チ ヨンヒ)
わたしは ウムル アネ ケグリ です
井戸の中のカエルです
電話の向こうでヨンが泣く
ヨンの井戸にカエルは二匹いるのだよ
僕は言う
一匹はヨンで 一匹は僕なのだよ
(「ウムル アネ ケグリの十二月」より)
穴がそれぞれであれば、這い上がるということもそれぞれであろう。その人たちの声と言葉で繋がることができればと思う。この一冊がそういう詩集であればと思う。(「あとがき」より)
著者プロフィール
立木 勲(たつぎ・いさお)
一九五八年六月生まれ。長野県伊那市出身。詩集に『ヨンとふたりで』(ふらんす堂、二〇一六年)「タンブルウィードの会」同人。
抒情からも、抒事からも自由に言葉がはばたいていくとき、詩は、
遥かに再来する物語のひとつひとつを、ふかく抱きしめている。
詩人の新たな出発を示す42篇を収めた第七詩集。
栞=杉本 徹/柴田千晶
造本・装幀=稲川方人/装画=高橋千尋
ちっちゃな青空
という言葉がやけに好きだった 松尾和子の歌う「再会」
あたしの見ていた空はいつだって大きかった
よそよそしくていじわるで きどりや
だから あっかんべ
ちっちゃな青空って
かわいい かわいいかわいいといっていると
ひとりにしないでとちっちゃな青空がいうので
抱きかかえてあたしだけのおうちに帰った
(「夏のおわりに父」より)
自分にとって原型となり得る詩、という言葉が常に頭の隅にあった。今ようやく自分の書いてきたおぼつかない詩がジグソーパズルのように一つの風景を見せ始めてくれている。(「あとがき」より)
著者プロフィール
坂多瑩子(さかた・えいこ)
広島県生まれ。第一詩集『どんなねむりを』(2003年)で第36回横浜詩人会賞受賞。他の詩集に『塩壺とスプーン』(2006年)、『お母さんご飯が』(2009年)、『ミルクパーパの裏庭』(2011年、電子ブック)、『ジャム 煮えよ』(2013年)、『こんなもん』(2016年)、『さんぽさんぽ』(2019年)。
そこにある、やってくる、拡散する言葉/声のうねりにのみ込まれる。
蜆シモーヌ、待望の第二詩集刊行。
装幀=鈴木規子。
「ぴりか/ぴりか/ここは楽園です。」(「ぴりか」)
「ひとはみずからを/模倣して/なにももたずに、そこをでていく」(「春のために」)
著者プロフィール
蜆シモーヌ(しじみ・しもーぬ)
1979年生まれ。第59回現代詩手帖賞受賞。
詩集『なんかでてるとてもでてる』(思潮社、2021年)。
1960年代初めより映画への溢れる愛憎を自在闊達な思考と文体で書き継いできた佐藤千穂。
その知られざる全容を集成。
解題=梶間俊一(映画監督)/荒井晴彦(脚本家/映画監督/「映画芸術」代表)
ボクにとっては近年最も刺激的な映画論集であった。 梶間俊一
小川徹の「裏目読み批評」なんて、いまや誰も知らないだろう。女小川徹みたいな千穂節の映画評論を世に知らしめたいとずっと思っていた。 荒井晴彦
薄く、張り裂けそうな詩の皮膚に
精いっぱいの光を浴びて予感する明日のポエトリー
中尾太一新詩集!
装幀=稲川方人/カバー写真撮影=菊井崇史
声を押し殺し
こころを固く閉ざし
わたしも、あなたも
生まれたというたったひとつの史実に現れようと
中指を突き立てる
(「飛行機雲」より)
「そうではない」と発語するためにわたしは生まれた。そして今、「あなたも同じだ」と書いたビラを、わたしにとってきわめて戦後史的(父母的)な「淵」であり、今日という一日の前で意気地なく途方に暮れている、自分とそっくりな「国道29号線」の空に撒こうと思う。そうした意思が詩という見えない「わたしたちの分身」の位置をときに的確に(だけどやっぱりせっかちに)探り当て、それらの「言葉になる才能」を触発し、開いていったとき、この詩集によってようやく可能になった行の表現があると感じている。(「『たとえば』の話と後記」より)
著者プロフィール
中尾太一(なかお・たいち)
1978年鳥取県生まれ。2006年、思潮社50周年記念現代詩新人賞受賞。2007年、第一詩集『数式に物語を代入しながら何も言わなくなったFに、掲げる詩集』を刊行。2019年、詩集『ナウシカアの花の色と、〇七年の風の束』(2018年)で第10回鮎川信夫賞受賞。その他の詩集に『御代の戦示の木の下で』(2009年)、『現代詩文庫 中尾太一詩集』(2013年)、『a note of faith ア・ノート・オブ・フェイス』(2014年)、『詩篇 パパパ・ロビンソン』(2020年)。
「モレキュラーシアター」主宰・豊島重之の批評的テキストを初集成。
青森県八戸市を拠点に、2019年に亡くなるまで、ジャンルを越えた芸術 表現、批評の場を結集・展開し続けたその思考がいま明らかになる。
自らが提唱した「絶対演劇」に関する宣言文をはじめ、写真や映像表現、吉増剛造、カフカ、アルトー、ベケット、寺山修司についての批評的テキストを収録。
跋=倉石信乃 装幀=山口信博+玉井一平
著者プロフィール
豊島重之(としま・しげゆき)
1946年青森県八戸市生まれ。演出家。キュレーター。精神科医。モレキュラーシアター芸術監督。編著・共著に『68ー72・世界革命・展 ICANOF 2008』、『飢餓の木 2010』『種差四十四連図』など多数。
第29回萩原朔太郎賞受賞
ごらん、これがほんとうの正午の火照り。きみに影をつくる、生きて在ることの静かな明るさ
現代詩の主体と詩語のありかを問い続けてきた詩人・岸田将幸。
前詩集『亀裂のオントロギー』から7年、静かなる耐久の時間を経て、限りある存在の地平から詩にゆるやかな解放をもたらす待望の第六詩集。
装幀=著者自装
本書は単純な章立てで構成した。この四つの場所を行ったり来たりしているのが近年の詩の正直な姿で、それ以上ではない。あとは、おぼつかない生活があるだけである。
それでも、僕は依然として誰かを、何かを説得しようとしている。
(「後書」)
著者プロフィール
岸田将幸(きしだ・まさゆき)
1979年愛媛県生まれ。詩人。現在、農家。
2010年、詩集『〈孤絶-角〉』(思潮社、2009年)で第40回高見順賞受賞。2015年、詩集『亀裂のオントロギー』(思潮社、2014年)で第6回鮎川信夫賞受賞。
その他の詩集に『生まれないために』(七月堂、2004年)、『死期盲』(思潮社、2006年)、『丘の陰に取り残された馬の群れ』(ふらんす堂、2007年)、『現代詩文庫202 岸田将幸詩集』(思潮社、2013年)。
評論集に『詩の地面 詩の空』(五柳書院、2019年)。