戦前・鹿児島の知られざる詩人・藤田文江。
わずかな生涯の中で、その身の内に躍動する漆黒を見つめた藤田の「聲」を、いま呼び起こす。
左川ちか、永瀬清子と同時代を生き、中野重治に高く評価された詩人の初の全集。
唯一の詩集『夜の聲』全篇と未収録詩篇、散文、書簡、編者による解説、妹・林山鈴子氏へのインタビューを収録。
装幀=稲川方人
夜の聲は何故こゝまでやつて来た。
おまへの咳を聞いてゐると
私はたまらなく寂しくなる。
然し私は私の里おまへに媚びるよ
私はおまへと共にある時
ほんのわづか富んでゐるのだから。
(『夜の聲』より)
著者プロフィール
藤田文江(ふじた・ふみえ)
1908年鹿児島生まれ。短かった人生の約12年間を植民地台湾で送り、本土(鹿児島)に戻って女性だけの詩誌『くれなゐ』に参加。その後『詩神』投稿欄の全国の若き詩人たちが集った詩誌『鬣』の同人に。1933年『万国婦人子供博覧会』の歌詞一等当選。同年、唯一の詩集『夜の聲』を編集したが出版直前に24歳で病死。
編者プロフィール
谷口哲郎(たにぐち・てつろう)
1966年鹿児島生まれ。詩誌『オドラデク』発行。詩誌『野路』『天秤宮』『詩創』同人。
村永美和子の評伝『詩人藤田文江』によりその詩と存在を知り、「戦争の地震計としての詩 藤田文江詩集『夜の聲』(1933)論」、自ら調査した未収録詩篇を中心に「藤田文江異聞」を執筆。
アーカイブ: 刊行物
【新刊】中尾太一詩集『ルート29 、解放 新装版』
中尾太一詩集『ルート29、解放』(2022年)が森井勇佑監督(『こちらあみ子』)により映画化!
映画『ルート29』原作詩集の新装版。
装幀=清岡秀哉
国道29号線、きみは
このどうということのないものが接続された
骨と体が
百年後には決して
託せないものをしっているだろうか
わたしはそのころ
きみが素足で土をふみながら歩いていることを
祈っている
約束とはそういうもので
つなぐ手を永遠に借りてもいいという信頼に
わたしは永遠に、救われている
(「ルート29、解放」より)
▪️映画公開情報
『ルート29』
11月8日(金)TOHOシネマズ 日比谷ほか全国公開
出演:綾瀬はるか、大沢一菜、市川実日子、高良健吾、河井青葉
監督・脚本:森井勇佑
配給:東京テアトル、リトルモア
©2024「ルート29」製作委員会
公式サイト:route29-movie.com/
【新刊】斐伊川相聞
八雲たつ地は きょうは雨降り。出雲空港に降り立ったひとつの意志が時を重ねたみずからの生の消息を川の蛇行に沿ってさまよう父に告げる。
小熊秀雄賞・小野十三郎賞受賞の『反暴力考』から4年、冨岡悦子新詩集。
父とふたり 川を見つめていた
水は滔々と流れ 岸をあらった
川を渡る判断は 父の右手にあり
左手は 私の手を握っていた
はねあがる 褐色の冬の鹿が
脳裏で ひときわ高く跳んだ
後裔を絶った人の 声がよみがえってくる
さざれ石を 荘厳な声で うたうな
(「父の右の手」より)
著者プロフィール
冨岡悦子(とみおか・えつこ)
1959年東京都生まれ
著書
『植物詩の世界 日本のこころ ドイツのこころ』(2004年 神奈川新聞社)
『パウル・ツェランと石原吉郎』(2014年 みすず書房 第15回日本詩人クラブ詩界賞受賞)
詩集
『椿葬』(2007年 七月堂)
『ベルリン詩篇』(2016年 思潮社)
『反暴力考』(2020年 響文社 第54回小熊秀雄賞・第23回小野十三郎賞受賞)
【新刊】日本人の条件 東アジア的専制主義批判
これは「入門書」でも「専門書」でもない。「門」を破壊する「破門」の書である。
憲法九条、「歴史認識」論争、日本語のエクリチュールを新たな視点から批判的に読み直し、和辻哲郎、夏目漱石、谷崎潤一郎、徳田秋声、福本和夫、中野重治、保田与重郎、大西巨人、三島由紀夫、中上健次、大江健三郎、山田美妙らのテクストの転覆的読解を試みて、「東アジア的専制主義」批判から「東アジア同時革命」へ向かう。「最後の文芸批評家」による「最新」の「時間錯誤」的日本=文芸批評。
装幀=清岡秀哉
「私がここで素描を試みたいのは、日本人が「主体性」あるいは「主権」を持つべきなのか、持たないことによってどのように「人間」あるいは「動物」から隔たっているのか、持つとすればそれはどのようなものでなければならないか、そうした問いを、専ら文学を中心とした近現代の日本の文化言語表象の分析を通して検証することである。これは「日本人」の条件を問うことであると同時に「日本国」「日本語」「日本文学」の条件を問うことでもある。」(「序章「日本人工学三原則」としての憲法九条」より)
著者プロフィール
大杉重男(おおすぎ・しげお)
1965年生まれ。文芸批評家。
1993年、「『あらくれ』論」にて第36回群像新人賞評論部門受賞。2001年、「重力」編集会議に参加し、翌年、鎌田哲哉、市川真人、井土紀州、可能涼介、西部忠、松本圭二と雑誌『重力』を創刊。
著書に『小説家の起源──徳田秋声論』(講談社、2000年)、『アンチ漱石──個有名批判』(講談社、2004年)。
【新刊】悠久の古代紀行 砂に呼ばれて
詩が言葉を受肉する彼方へ
言葉になるまえの遥かな声に呼ばれ、古代がいまだ息づいていたインド、エジプト、中国を巡る詩人のひとり旅
自分はどこからきたのか――。その問いに導かれ、ひとり飛び込んだインドへの旅路にはじまり、エジプト、中国を巡った詩人・林美脉子による約35年前の旅の記録。
抗えない思いに突き動かされて世界4大文明の地を彷徨った著者の言葉によって、いまや感じることのできない、もはや消え去ってしまった古代の混沌とした息吹が感じられる紀行文。
装幀=菊井崇史
「人間はひとりになりひとりを引き受けた時、逆に孤独から解放されるものなのかもしれない。ひとりを恐れ一人を逃げれば、逃げる速度で孤独はかえって深まるのだろう。/追いかけてくるそれらにあまり逆らわずに、ああそうかと身をあずけそこに飛び込んでみれば、世界は思いがけない優しさでそこから開けていくのだ。」(「インド・エジプトひとり旅 砂に呼ばれて ひとり旅開眼」より)
著者プロフィール
林美脉子(はやし・みおこ)
詩人。北海道滝川市生まれ札幌市在住。第1詩集に『撃つ夏』(創映出版、1974年)。
インドをテーマにした第3詩集『緋のシャンバラへ』(書肆山田、1985年)所収の作品「陰画の岸」で第8回ケネスレクスロス詩賞を受賞。
エジプト旅行の詩作品を含む第4詩集『新シルル紀・考』(書肆山田、1988年)。
第5詩集『宙音』(書肆山田、2011年)で第45回北海道新聞文学賞詩部門本賞受賞。
以後、詩集『黄泉幻記』(2013年)、『エフェメラの夜陰』(2015年)、『タエ・恩寵の道行』(2017年、いずれも書肆山田)、『レゴリス/北緯四十三度』(思潮社、2013年)を刊行。
【新刊】ある風景
けれども私は待ち望んでいるのかもしれなかった。
目の前の風景が白く永遠と広がってゆく中で、
かつて互いのまぶたの上をかすめていたほのかな明かりと、
互いに感じあっていた微かな体温とが、
忘れ去られ、忘れ果てることを。
(「ある愛の風景」より)
なんでもないような風景に目をやれば、そこには記憶や過去の人々が、ふいに映し出されてしまう。おぼろげに揺らぐ、ともすればつかみそこない、のがしてしまうものを、二人称の呼びかけによってたしかめていくように綴られた41篇の詩。
抒情詩の精髄を引き継ぐ詩人の第2詩集。
装幀=清岡秀哉
著者プロフィール
宮田直哉(みやた・なおや)
詩人。1991年、福岡県生まれ。第1詩集に『夏の物語と歌』(水声社。2020年)。その他詩誌『Noix』発行人、詩誌『カナリア』『とんぼ』同人、日本文藝家協会会員、日本現代詩人会会員。
この道の白さが、墓標の十字架であるように、私たちの生もささやかな幸福と過ぎ去っていった死者たちと共にこの道の上に残されていくだろう。そうして人々から忘れ去られた後、死者たちへの追憶と追憶のあわいに、ふと私たちと似た物語の中に思い出されるだろう。
(「夜の街角」より)
【新刊】廃屋の月
第35回富田砕花賞受賞
最後に満月を見た日のことは覚えていないけれど
夜になると見るだろう月の姿を昼のうちに思い描くことはできる
わたしにも透き通る触手があればいいのに
そうしたら進む道などは光の方向でしかなくなるから
水面に落ち込んだかつての月明かり、今は亡き人が昔飼っていた犬の鳴き声、夢うつつの気水域に立ち現れるさざなみのような声や断片を拾い集めるように書き継がれた32篇。詩人・野木京子、第6詩集。
装幀=稲川方人
空の河原かどこかで逢ったことのある/小さな子が部屋の隅から出てきて言った/ゆっくりと回転しながら/この世に現れ出たのだから/立ち去るときもきっと/見えない姿のまま/ゆるやかに回転して/戻っていくはず/そのとき真新しい風を頰に浴び/初めての色彩の景色を見るから/楽しみにしているとよいよ/と(「空の河原」より)
著者プロフィール
野木京子(のぎ・きょうこ)
詩人。熊本県八代市生まれ。2007年に『ヒムル、割れた野原』(思潮社、2006年)で第57回H氏賞を受賞。
その他の詩集に『明るい日』(思潮社、2013年)、『クワカ ケルル』(思潮社、2018年)などがある。
リベオートラ
知らないものを名づけたことが無かったので
夢で聞いた
リベオートラ
ということばをつけた
どこかにしまい隠されていた箱をひらく、不意に名づけられた記憶と日常、そして不穏な気配が立ちのぼる。橘麻巳子、第二詩集。
装幀=鈴木規子/装画=堀 光希
著者プロフィール
橘 麻巳子(たちばな・まみこ)
1989年生。
第一詩集『声霊』(七月堂、2021年)。
笹木一真との詩のユニットによる詩誌「NININ」(2022年)。
戦禍の際で、パンを焼く
詩は、遠い戦禍を思う
若尾儀武、第三詩集。
装幀=稲川方人
この子の手
きっと立派な
ウクライナの手になるよ
誰かこの子の手をくるんで
連れて行ってやって
くれないか
著者プロフィール
若尾儀武(わかお・よしたけ)
1946年、奈良県大和郡山市の農村部に生まれる。
静岡県大学人文学部卒。
詩集
『流れもせんで、在るだけの川』(ふらんす堂、2014年、第24回丸山豊記念現代詩賞受賞)
『枇杷の葉風土記』(書肆子午線、2018年)
白い着物の子どもたち
第31回丸山薫賞受賞
美しいと思った日々が/絵画のような遠くを散っている
(「草深百合」より)
思い出というものではない、遠い風景の中の懐かしい微笑みやさびしさ。
少女が乗るブランコのこすれる正確な音によって伝えられる生きる生活。
清澄な叙情を伝える25篇の詩。
女の子は
小学校の七夕の短冊に
にこにこ笑っている女の子を描いて
横に大きく
わたしがやさしくなるように
と書いていた
一年生だった
枇杷色の服ならオーバーコートがそうだった
(「絵のなか」より)
著者プロフィール
伊藤悠子(いとう・ゆうこ)
詩集
『道を 小道を』(ふらんす堂、二〇〇七年)
『ろうそく町』(思潮社、二〇一一年、第44回横浜詩人会賞)
『まだ空はじゅうぶん明るいのに』(思潮社、二〇一六年、第34回現代詩花椿賞)
『傘の眠り』(思潮社、二〇一九年)
エッセイ集
『風もかなひぬ』(思潮社、二〇一六年)